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佐賀簡易裁判所 昭和55年(ろ)24号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ罰金八〇〇〇円に処する。

被告両名において右罰金を完納することができないときは、金二〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から一年間それぞれその刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人両名は、共謀のうえ、(一) 佐賀県知事の許可を受けず、かつ九州電力株式会社佐賀営業所所長の承諾を得ないで、昭和五五年四月二二日午後六時四二分ころ、佐賀市堀川町二番三八号付近の国道第二六四号線の道路脇に設置されている同営業所所長管理の電柱(電柱番号二四二サ九六一)に、いずれも日本共産党演説会の日時、場所を告知した、渡辺武の氏名、顔写真を印刷したビラ一枚及び平林正勝の氏名、顔写真を印刷したビラ一枚をガムテープで貼りつけ、(二) さらに、同営業所所長の承諾を得ないで、同日午後六時四六分ころ、同市川原町二番六号付近道路脇に設置されている同営業所所長管理の電柱(電柱番号二四二サ八五一)に、前同様の渡辺武の氏名、顔写直を印刷したビラ一枚及び平林正勝の氏名、顔写真を印刷したビラ一枚をガムテープで貼りつけ、もつて佐賀県知事の許可を受けないで屋外広告物を表示するとともにみだりに他人の工作物にはり札をしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

佐賀県屋外広告物条例二二条二項一号、五条一項四号、昭和五二年佐賀県告示六五九号一〇項、刑法六〇条

軽犯罪法一条三三号前段、刑法六〇条(包括一罪)

刑法五四条一項前段、一〇条(前記条例の刑で処断)、同法一八条

刑法二五条一項

刑事訴訟法一八一条一項本文

(弁護人の主張に対する判断)

一  軽犯罪法一条三三号前段が憲法二一条に違反する旨の主張について

軽犯罪法一条三三号前段は、個人の財産権、管理権を保護する目的で、みだりに他人の工作物にはり札をする行為を規制している。「みだりに」とは、他人の工作物にはり札をするにつき、社会通念上正当な理由があると認められない場合をいうものと解され、その他人の承諾を得なかつた場合には、通常これに該当すると考えられる。

本件は、電柱二本にビラを二枚ずつ合計四枚貼りつけたというものであるが、弁護人は、ビラ二枚を貼られることによつて一本の電柱の財産権、管理権が侵害されるとしても、それはきわめて微々たるものに過ぎないところ、本件ビラ貼り行為は憲法上最も尊重さるべき政治的表現行為に属するから、これを規制することは法益の均衡を失し、かかる規制をも可能とする前記法条は憲法二一条に違反し無効であると主張する。

なるほど、わずか二枚のビラを貼られることによつて侵害される財産権、管理権の程度が軽微であることはそのとおりであろう。しかしながら、健全な法感情に即して考える限り、自己の所有又は管理する物に無断でビラを貼られることを受忍せねばならないとする合理的理由は見出し難い。本件各電柱を管理している九州電力株式会社佐賀営業所所長である証人碇和衛は、電柱にビラを貼られると、工事のために登る際に滑つたり、電柱番号の確認に手間取る等の作業上の支障が生ずること、美観風紀上の理由で近隣の住民から苦情が出ること、同営業所では特定の広告会社に委託して、「直塗」「巻き付け」「突出」の三態様に限り電柱広告を許可し、広告料を徴しているが、無許可のビラとの間で不公平が生ずること、このような弊害を少なくするため逐次ビラ貼り防止板を設置しており、その費用もかなりの額にのぼること、市内の電柱に多数のビラが貼られていることは承知しているものの、これを同営業所において全て除却することは経済的に困難であること等を、当公判廷で供述している。このように電柱の管理者が無断で貼られるビラに困惑し、これを禁止し、かつこれを排除するため経済的出捐まで、敢えてしているとき、それは政治的表現の自由を不当に侵害するものであるとして非難することができるだろうか。さらに一般論として、それが経済上の理由によるものか、美観上の理由によるものか、あるいは信条等のすぐれて内心上の理由によるものかを問わず、人が自己の所有又は管理する物にビラを貼られるのを迷惑に感じてこれを拒絶するとき、ビラの内容が政治的表現であることを根拠に、そのような態度は法的保護に値しないと言い切れるだろうか。

所有者、管理者の承諾を得ないという行為の具体的態様を抜きにして法益の均衡を論ずるのは適切ではあるまい。比較考量の必要があるとすれば、ここで問題とすべきは、所有者、管理者の承諾を得ようともせず、また他に適当な対象物を確保しようともせずに貼られた二枚のビラにこめられた政治的表現の重さと、無断で貼られた二枚のビラによつて、その対象物の本来自由であるべき支配権能が一方的に侵害されたことの重さであり、前者が後者に優越するとは考え難いのである。

以上要するに、ビラを貼る場合にその対象物の所有者、管理者の承諾を得ることはきわめてありふれた最低限度の道徳律であり、軽犯罪法一条三三号前段は、これに違反する行為を規制しているに過ぎない。右法条が憲法二一条に違反するとは解し得ない。

二  佐賀県屋外広告物条例五条一項四号が憲法二一条に違反する旨の主張について

屋外広告物法は、美観風致を維持し、及び公衆に対する危害を防止するために屋外広告物(以下「広告物」という。)の表示の場所及び方法並びに広告物を掲出する物件の設置及び維持について必要な規制をすることを、違反行為に対し必要な措置をとり、さらに罰金刑のみの罰則を科することと併せて、都道府県の条例に委任している。規制内容は、美観風致維持の目的による(一) 市及び市街的町村の区域についての制限(三条)、(二) 地域又は場所についての禁止又は制限(四条一項)、(三) 広告物の表示等をする物件についての禁止又は制限(四条二項)及び(四) 広告物等の形状、面積、色彩、意匠その他表示の方法についての禁止又は制限(五条)並びに公衆に対する危害防止の目的による(五) 広告物の表示等の禁止又は制限(六条)である。

佐賀県屋外広告物条例(以下「本条例」という。)は、これを受けて詳細な規定を置いている。本件に適用された本条例五条一項四号は、「市の地域のうちで知事が指定する区域」(昭和五二年佐賀県告示六五九号一〇項により、主要道路のうち県下七市内の合計三七の区間及びその両側それぞれ路端から二〇メートル以内で当該道路から展望できる地域が指定されている。)を、広告物の表示等をするにつき知事の許可を要する区域(以下「許可区域」という。)としているもので、美観風致維持の目的による前記(一)の委任を受けたものと解される(もつとも、(一)は、市内全域を制限の対象とし得る委任規定であるから、むしろ、より狭い場所的規制を目ざす(二)の委任を受けたものと解されないでもないが、いずれにせよ、美観風致維持の目的による場所的規制であることに変わりはない。)。

弁護人は、本条例五条一項四号は、美観風致というあいまいな保護法益に基づく不合理な規制であり、表現の自由を不当に制約するものとして法益の均衡を失するから、憲法二一条に違反し無効である旨主張する。

そこで、考えるに、地域の美観風致を維持することが、健康で文化的な生活環境を確保するうえで必要なものとして、憲法を頂点とする現行法秩序のもとで法的保護の対象となり得ることは、自己の所有地上に建築物を建築するといつた至極当然の権利すら、美観風致維持の観点から各種の法的規制(例えば、都市計画法所定の「風致地区」あるいは建築基準法所定の「美観地区」における規制等)を受け得ることが一般に広く承認されている事実に照らしても明らかであろう。もつとも、屋外広告物法の規制対象となる広告物の表示等の行為は比較的単純な行為であり、同法の規制によつて確保される美観風致なるものは、本来、地域の美観風致を担う場所、建造物、物件等を所有又は管理する地域住民(法人を含む。)の一人一人が、その上に、自ら広告物を表示し、あるいは第三者が広告物を表示するのを承諾する際に、相応の配慮をし、さらに無断で表示された広告物を進んで除去しさえすれば、おのずと相当程度まで達成し得るものであるから、その意味では、同法の保護法益は、比較的素朴な次元における文化的利益であると考えられる。したがつて、所有者、管理者による右に掲げた程度の行為が期待し得るのであれば、このような所有者、管理者の意思に関わりのない、一つの文化的見地からされる、しかも必然的に表現の自由の制約を伴う法的規制が不必要であることは言うまでもない。しかしながら、今日なお存在する多数の営利又は非営利の広告物が地域の美観風致を妨げていることは否定し得ないところであり、これは、右の前提の確保が現実には困難であることを物語つている。同法は、このような実情に鑑み、美観風致の維持という地域住民全体の共同利益を保護するために、広告物の表示等につき必要な規制をすることを、罰金刑という軽い刑罰によりその実効性を確保することと併せて、都道府県の条例に委任しているものであり、その規制目的の正当性は十分に認められる。

次に、同法の規制手段をみるに、前記(一)ないし(四)の規制が、表現そのものではなく、広告物の表示等による表現手段のみを制約するものであることは明らかであり、かように表現の自由に対する制約が、表現そのものではなく表現の一態様の制約に止まる場合には、地域の美観風致の維持という文化的法益による規制であつても、法益の均衡が図られることを要件として許容されると解するのが相当であるから、この程度の規制手段の一般的合理性は認めてよいであろう。

そこで、本条例五条一項四号による表現の自由の制約について法益の均衡が図られているか否かを検討する。

右規定が、前記告示と相まつて、市内の主要道路の区間及びその両側の展望可能な一定範囲を許可区域としていることは既にみたとおりであるところ、市街地の主要道路区間とその周辺は、交通量が多く公衆の目にふれやすいという性質上、相対的に美観風致維持の要請が大きいことは、これを卒直に肯認すべきであろう。しかし他面、かような場所は、同じ理由でそれだけ広報効果も高く、ビラ貼りの対象として最適であることも確かである。ここに法益の衝突が生ずることは避けられない。思うに、本件で問題とされているビラ貼りは、表現の一手段に過ぎないとは言え、通常さほど費用を要せず、かつ簡易に、そしてその割に有効にその目的を達し得るという特色を有し、演説会の告知やスローガンの訴え等の簡単な政治的表現活動にはうつてつけの表現手段であるから、表現の一態様の制約の一般的合理性が是認されることが前記のとおりであるとしても、その規制目的が文化的法益の保護にある本件において、数ある表現手段の中でビラ貼りのみが規制されるに過ぎないことを根拠に、直ちに法益の均衡が図られていると速断することはできない。

しかしながら、右規定は、ビラ貼りを禁止しているわけではなく、許可を要することとしているに過ぎない。そして、その許可、不許可の行政裁量については美観風致維持という目的に基づく合理的制限が働くと解されるのである。弁護人は、ある広告物が地域の美観風致を害するか否かは、その広告物が知事の許可を受けているか否かに関わりのない問題であるから、場所的規制として許可制を採用するのは合理的でない旨主張するが、特定の場所につき、広告物の種類、形状、面積、数量、表示間隔、表示期間等の諸要素を勘案して一定の基準に達するもののみを許可し、あるいは一定の条件を附して許可することにより、その場所の総量としての美観風致を一定の限度まで維持しようとすることは当を得たものであり、むしろ、一律全面的に禁止するよりも望ましいと言うべきであるし、このような許可制の実効性を確保するために罰金刑という軽い刑罰を課することとしても不合理とは解されない。してみれば、ビラ貼りが貴重な表現手段の一であることを考慮に入れても、なお、右規定は、対立する法益の調整原理として適切なものとみるのを至当とすべく、これによつて失われる利益が得られる利益を上回るとは認められない(ちなみに、本条例に基づく佐賀市及びその周辺の許可事務を所管している佐賀土木事務所所長である証人〓蒲法明の当公判廷における供述及び本条例その他の関係規則によると、各種広告物のうちビラに関しては、許可申請手続自体も簡便で、許可期間を一月とする条件が付されはするものの、概ね許可されていることが認められる。もつとも、同人の供述によると、土木事務所においては、約二か月おきに所管区域内を調査のうえ、本条例違反の広告物については、本条例の定めに従つて、表示者に対し除却を命じ、あるいは自ら除却しているところ、この中には相当数のビラが含まれていることが認められるので、許可を要するという運用が徹底し、許可申請件数(枚数)が増加すれば、個々の申請者に対し、数量的な制約が課されるようになることは十分推認されるけれども、許可に伴うこの程度の制約は、やむを得ないものと解される。)。

以上のとおり、本条例五条一項四号は、地域の美観風致の維持という公共の福祉のために、表現の一態様を制約しているもので、その制約は必要かつ合理的な範囲内に止まると解されるから、憲法二一条に違反すると言うことはできず、弁護人の主張は採用し得ない。

三  可罰的違法性がない旨の主張について

弁護人は、被告人両名の本件ビラ貼り行為の動機、態様、被侵害利益の程度及び右行為当時、本件現場付近はもとより市内の電柱の各所に多数のビラが貼られていたこと等の諸事情に照らすと、右行為に可罰的違法性はない旨主張する。

本件ビラ貼り行為によつて、侵害された電柱の管理権の程度及び本件現場付近の美観が損なわれた程度がいずれも軽微なものに止まること、その動機が正当なものであり、ガムテープを用いるという、除去の容易な態様によつていることは明らかである。しかし、軽犯罪法及び本条例は、いずれも、本来違法性の低い行為を処罰の対象としているものであるから、この種の事情により直ちにその違法性が阻却されると考えるのは困難と言わざるを得ないし、電柱の管理者が無許可のビラ貼りを迷惑と感じその防止に努めていること及び土木事務所において定期的に本条例違反のビラを除却していることに照らすと、市内の電柱に多数のビラが貼られている事実をもつて、電柱に対するビラ貼りが社会的相当行為として是認されているとみることもできない。被告人両名は管理者の承諾も得ず、知事の許可も受けようとしなかつたものであり、そうせざるを得なかつた合理的理由を発見することはできないのであつて、弁護人主張の諸事情をもつて、本件が軽犯罪法及び本条例において予定している程度の違法性すら阻却するに足る社会通念上許容し得る行為とまでは認められない。

四  公訴権濫用その他の主張について

弁護人は、本件逮捕起訴は日本共産党を弾圧する意図によるものであるから、公訴権の濫用に該当するとともに、軽犯罪法四条、屋外広告物法一五条、本条例二三条に違反する旨主張する。

証人干〓年幸の当公判廷における供述、第三回公判調書中の証人藤田芳行及び第三、第四回公判調書中の証人中島和憲の各供述部分、司法警察員作成の実況見分調書二通、司法警察員(二通)及び司法巡査(一通)作成の各捜索差押調書並びに被告人両名の当公判廷における各供述を総合すると、県警本部勤務の藤田警察官は、昭和五五年四月二二日夕刻、勤務を終えて帰宅すべく私服で自家用車に乗車し、判示の国道二六四号線を北進していた際、右国道の東側にある判示(一)の電柱に被告人らがビラ貼りをしているのを現認したこと、そこで同警察官は下車し、公衆電話で県警本部に連絡して応援を求めたうえ、被告人らの動静を観察していたところ、被告人らが右国道を東から西に横断して、さらに西に通ずる小路にはいつて行くのを認め、折から、付近を警ら中に県警本部からの無線連絡を傍受した、中島、川崎両警察官(いずれも制服着用)の乗車したパトカーが走行して来たので、これを停止させ、下車した中島警察官とともに、引き続き被告人らの動静を観察したが、被告人らが右小路脇にある判示(二)の電柱にビラ二枚を貼りつけているのを確認したので、中島警察官に対し、前記パトカーに乗車して被告人らの進行方向に先回りするよう指示したうえ、自らは、右小路にはいつて被告人らを尾行したこと、被告人らはこれに気づかないまま右小路を西進し、さらに北進した地点で三たび電柱にビラを貼ろうとしたこと、このとき、川崎警察官運転の前記パトカーで先回りしていた中島警察官が、下車して被告人らに近寄り、無許可のビラ貼りは許されない旨声高に警告したうえ、住所、氏名を尋ね、次いで川崎、藤田両警察官も近寄つて職務質問を始め、主として中島、藤田両警察官において許可の有無、住居、氏名等を質問したが、被告人らは「何もしよらん。」等と言いながら、その場から移動し始め、住居、氏名も明かそうとしなかつたので、藤田、中島両警察官が、それぞれ、軽犯罪法違反の現行犯で逮捕する旨告げ、まず藤田、川崎両警察官が被告人野方を逮捕したこと、一方、中島警察官は、被告人寺尾を逮捕しようとしたが、これに激しく抗議する同人との間でもみ合いとなつたところ、そのころ、県警本部からの連絡を受けた佐賀警察署の警察官三名(いずれも私服着用)が現場に到着し、このうち二名の警察官と藤田警察官が、中島警察官に協力して被告人寺尾を逮捕したこと、逮捕時において、被告人野方は二五枚、被告人寺尾は一枚のビラを所持していたところ、被告人らは判示のビラ四枚を含む七四枚のビラを既に貼り終えていたこと、被告人らは、同月二五日に起訴されるまでの間、捜査官に対し、住居、氏名を明かそうとせず、何ら弁解もしなかつたこと、以上の事実が認められる。

右の逮捕までの経過をみると、警察官らの対応には、後記のとおり、軽微な犯罪の割に犯人の逃亡の防止を重視し過ぎた憾みがあると言うべきであるが、本件捜査が開始されたのは、帰宅途上にあつた警察官が犯行を現認したという偶然の端緒によるものであり、また、被告人らは住居、氏名を明かさなかつたことから、刑事訴訟法二一七条により現行犯逮捕されたものであるから、本件逮捕が日本共産党の政治活動を弾圧する意図に出たものとは認められない。なお、本件現場付近はもとより、市内各所の電柱に多数のビラが貼られ、取締を受けることもなく放置されていたことは明らかであるが、この種の軽微な事犯にあつては、その全てについて遂一捜査を逐げることは捜査経済上得策とは言えず、人員的にも不可能であるから、犯人が明白で犯罪の立証も容易な現行犯のみを検挙することとしても、不合理とは解されず、このことをもつて、捜査当局の不法の意図を窺うことはできない。

被告人らは、逮捕時においてなお二六枚のビラを所持していたもので、判示のビラ四枚を含めて相当数のビラを貼り終えていたことが、既に捜査段階において十分に窺えたのであり、しかも、捜査官に対し、住居、氏名も明かさず、一切の弁解もしないまま推移したというのである。

本件起訴が公訴権の不当な発動であるとは認められず、軽犯罪法四条、屋外広告物法一五条、本条例二三条に違反する旨の主張も、前提を欠き理由がない。

(量刑の理由)

先に認定したとおり、被告人らを逮捕した警察官らは、判示(一)の電柱にビラ二枚を貼りつけた被告人らが、引き続きビラを貼ろうとしていることを十分に認識しながら、その動静を観察し、被告人らが判示(二)の電柱にビラ二枚を貼りつけたのを見届けた後、さらに二手に分かれて被告人らを追尾し、その退路を塞いだうえで、職務質問に及んだものである。その対応には、犯人の弁解を封じるとともに、その逃亡を防止することに重きを置き過ぎた憾みがあり、本件の罪質にかんがみると、より早い段階で被告人らに注意を与え、貼り終えたビラの除去を促す措置をとる余地も十分にあつたのではないかと思われるのである。

とりわけ、本件当時は、昭和五五年六月の衆議院議員及び参議院議員選挙を控え、本件ビラと同様の、各政党の演説会を告知した、立候補予定者の顔写真入りのビラが市内の各所に多数貼られていた。第三回公判調書中の証人藤田芳行の供述部分並びに証人干〓年幸の当公判廷における供述及び同人作成の実況見分調書によれば、本件現場付近にも、日本共産党以外の政党のビラが貼られており、判示(一)の電柱にも、被告人らがビラを貼る前に既に一枚の同種のビラが貼られていたことが認められる。かような状況のもとで、パトカーから下車して来た制服警察官から声高に警告され、次いで、同じパトカーから下車して来た制服警察官及び反対方向から現われた私服警察官に囲まれて、職務質問を受け、さらに三名の私服警察官が現われるのを認めた被告人らが、右警察官らは、被告人らを検挙すべくあらかじめ逮捕現場に潜んで待ち構えていたものと考え、自由な政治活動に対する不当かつ偏ぱな取締を受けたとして憤つたとしても、理由のないことではあるまい。  市内の電柱に種々雑多なビラが貼り出される現実は、本件当時も今日も変わるところがない。被告人らが、夕刻のラツシユ時の国道付近で半ば公然とビラ貼りをしたのも、このような実情に災いされたところが大きいと言うべきであろう。

以上の点にかんがみ、なお被告人らの生活態度その他諸般の事情を勘案すると、被告人らに対しては、それぞれ罰金八〇〇〇円に処することとするが、その刑の執行を一年間猶予するのが相当と判断される。

よつて、主文のとおり判決する。

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